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    1: 名無しさん 2014/03/07(金)00:45:11 ID:yS9SmRGzB

    うちは貧乏な母子家庭で、俺が生まれた時はカメラなんてなかった
    だから写真の変わりに母さんが色鉛筆で俺の絵を描いて、アルバムにしてた
    絵は上手じゃない
    ただ、どうにかして形に残したかったらしい
    ほぼ毎日、赤ん坊の俺を一生懸命描いてた
    絵の隣に『キゲンが悪いのかな??』とか『すやすや眠ってます?』ってコメント付きで
    小学四年生の時、家に遊びに来た友達数人に、そのアルバムを発見された
    めちゃくちゃ笑われて、貧乏を馬鹿にされた
    友達が帰って直ぐ、俺はアルバム三冊をバラバラに破いてゴミ箱に捨てた
    パートから帰って来た母さんがそれを見つけて、泣きだした
    破いた理由を言っても、変わらず泣き続けた
    翌朝起きると、居間で母さんがゴミ箱から絵の破片を集めてセロハンテープでとめてた
    「恥ずかしい思いさせてごめんね。でもね、これ、母さんの宝物なんよ」
    申し訳なさそうに優しくそう言われると、涙が溢れ、俺はごめんなさいと謝った



    2: 名無しさん 2014/03/07(金)00:48:41 ID:yS9SmRGzB

    4歳になる娘が、字を教えてほしいといってきたので、
    どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも、毎晩教えていた。


    ある日、娘の通っている保育園の先生から電話があった。

    「○○ちゃんから、神様に手紙を届けてほしいって言われたんです」 こっそりと中を読んでみたら、
    「いいこにするので、ぱぱをかえしてください。おねがいします」
    と書いてあったそうだ。
    旦那は去年、交通事故で他界した。
    字を覚えたかったのは、神様に手紙を書くためだったんだ・・・
    受話器を持ったまま、私も先生も泣いてしまった。

    「もう少ししたら、パパ戻って来るんだよ?」
    最近、娘が明るい声を出す意味がこれでやっとつながった。


    娘の心と、写真にしか残っていない旦那を思って涙が止まらない



    3: 名無しさん 2014/03/07(金)00:51:16 ID:8PV9doKmi

    幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。学もなく、技術もなかった
    母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。それでも当時住んでいた
    土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

    娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに
    遊びに行っていた。給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

    ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。俺は生まれて初めてのプロ野球観戦に興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

    野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わなければいけないと言われ、帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外のベンチで弁当を食べて帰った。電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。

    俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。
    新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、母に孫を見せてやることもできた。
    そんな母が去年の暮れに亡くなった。死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように
     
    「野球、ごめんね」と言った。俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。




    4: 名無しさん 2014/03/07(金)00:52:01 ID:Ol0WZoayA

    夜に泣かせやがって…(´;ω;`)


    5: 名無しさん 2014/03/07(金)00:52:02 ID:8PV9doKmi

    中三の頃、母が死んだ
    俺が殺したも同然だった・・・

    あの日、俺が楽しみにとってあったアイスクリームを、母が弟に食べさせてしまった
    学校から帰り、冷凍庫を開け、アイスを探したが見つからなかった
    母親に問い詰めると、弟が欲しがったのであげたと言った

    その時楽しみにしていた俺は、すごく怒った
    母親に怒鳴り散らし、最後に「死ね!」と叫び、夕飯も食べずに部屋に篭った
    それから何時間か経った
    俺は寝てしまっていたが、父親が部屋に飛び込んできたので目が覚めた

    「母さんが轢かれた・・・!」
    あの時の親父の顔と言葉を、俺は一生忘れないだろう
    俺達が病院に着いたとき、母親はどうしようもない状態だと言われた
    医者は最後に傍にいてあげてくださいと言い、部屋を出た
    それから少しして、母親は息を引き取った

    その後、母親があの時間に外にいた事を父から聞いた
    買い物に行くと言って出て行き、その帰りに車に轢かれた事
    現場のビニール袋の中には、アイスが一つだけ入っていた事
    救急車の中でずっとごめんねと呟いていた事
    その時、俺のために母はアイスを買いに行って事故にあったとわかった

    通夜と葬式の間中、俺はずっと泣いた
    そして、今でもこの時期になると自然に涙が出てくることもある
    母さん、ごめんよ
    俺が最後に死ねなんて言わなかったらと、今でも悔やみ続けている



    6: 名無しさん 2014/03/07(金)00:53:15 ID:yS9SmRGzB

    俺が小さい頃に撮った家族写真が一枚ある。
    見た目普通の写真なんだけど、実はその時父が難病(失念)を宣告されていて
    それほど持たないだろうと言われ、入院前に今生最後の写真はせめて家族と・・・と撮った写真らしかった。
    俺と妹はまだそれを理解できずに無邪気に笑って写っているんだが、
    母と祖父、祖母は心なしか固いというか思い詰めた表情で写っている。
    当の父はというと、どっしりと腹をくくったと言う感じで、とても穏やかな表情だった。

    母がその写真を病床の父に持って行ったんだが、その写真を見せられた父は
    特に興味も示さない様子で「その辺に置いといてくれ、気が向いたら見るから」と
    ぶっきらぼうだったらしい。母も、それが父にとって最後の写真と言う事で、見たがらないものをあまり
    無理強いするのもよくないと思って、そのままベッドのそばに適当にしまっておいた。

    しばらくして父が逝き、病院から荷物を引き揚げる時に改めて見つけたその写真は、
    まるで大昔からあったようなボロボロさで、家族が写っている部分には父の指紋がびっしり付いていた。

    普段もとても物静かで、宣告された時も見た目普段と変わらずに平常だった父だが、
    人目のない時、病床でこの写真をどういう気持ちで見ていたんだろうか。

    今、お盆になると、その写真を見ながら父の思い出話に華が咲く。
    祖父、祖母、母、妹、俺・・・。


    その写真の裏側には、もう文字もあまり書けない状態で一生懸命書いたのだろう、
    崩れた文字ながら、「本当にありがとう」とサインペンで書いてあった。



    7: 名無しさん 2014/03/07(金)00:54:25 ID:8PV9doKmi

    6歳の娘がクリスマスの数日前から欲しいものを手紙に書いて窓際に置いてお いたから、早速何が欲しいのかなぁと夫とキティちゃんの便箋を破らないようにして手紙を覗いてみたら、こう書いてあった。

    「サンタさんへ おとうさんのガンがなおるくすりをください! おねがいします」

    夫と顔を見合わせて苦笑いしたけれど、私だんだん悲しくなって少しメソメソしてしちゃったよw

    昨日の夜、娘が眠ったあと、夫は娘が好きなプリキュアのキャラクター人形と「ガンがなおるおくすり」と普通の粉薬の袋に書いたものを置いておいた。
    朝、娘が起きるとプリキュアの人形もだけれど、それ以上に薬を喜んで「ギャーっ!」って嬉しい叫びを上げてた。
    早速朝食を食べる夫の元にどたばたと行って「ねえ! サンタさんからお父さんのガンが治る薬貰ったの! 早く飲んでみて!」っていって、夫に薬を飲ませた。
    夫が「お! 体の調子が、だんだんと良くなってきたみたいだ」と言うと娘が、
    「ああ! 良かった?。これでお父さんとまた、山にハイキングに行ったり、
    動物園に行ったり、運動会に参加したりできるね?」……っていうと夫がだんだんと顔を悲しく歪めて、それから声を押し殺すようにして「ぐっ、ぐうっ」って泣き始めた。
    私も貰い泣きしそうになったけれどなんとか泣かないように鍋の味噌汁をオタマで掬って無理やり飲み込んで態勢を整えた。
    夫は娘には「薬の効き目で涙が出てるんだ」と言い訳をしてた。
    その後、娘が近所の子の家にプリキュアの人形を持って遊びに行った後、夫が
    「来年はお前がサンタさんだな……。しっかり頼むぞ」と言ったので、つい私の涙腺が緩んで、わあわあ泣き続けた。
    お椀の味噌汁に涙がいくつも混ざった。



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    8: 名無しさん 2014/03/07(金)00:54:58 ID:yS9SmRGzB

    俺、小さい頃に母親を亡くしてるんだ。

    それで中学生の頃、恥ずかしいくらいにグレた。
    親父の留守中、家に金が無いかタンスの中を探しているとビデオテープがあったんだ。
    俺、親父の**ビデオとかかな?なんて思って見てみた。
    そしたら・・・
    病室のベットの上にお母さんがうつってた。
    『〇〇ちゃん二十歳のお誕生日おめでと。なにも買ってあげれなくてゴメンね。
    お母さんがいなくても、〇〇ちゃんは強い子になってるでしょうね。
    今頃、大学生になってるのかな?もしかして結婚してたりしてね・・・』
    10分くらいのビデオテープだった。

    俺、泣いた、本気で泣いた。
    次ぎの瞬間、親父の髭剃りでパンチパーマ全部剃った。
    みんなにバカにされるくらい勉強した。
    俺が一浪だけどマーチに合格した時、
    親父、まるで俺が東大にでも受かったかのように泣きながら親戚に電話してた。

    そんで、二十歳の誕生日に、案の定、親父が俺にテープを渡してきた。
    また、よく見てみたら。
    ビデオを撮ってる親父の泣き声が聞こえてた。
    お母さんは、笑いながら『情けないわねぇ』なんて言ってるんだ。
    俺また泣いちゃったよ。
    父親も辛かったんだろうな、
    親父にそのこと言ったら、知らねーよなんて言ってたけど、
    就職決まった時、
    親父が『これでお母さんに怒られなくて済むよ』なんていってた。

    俺このビデオテープがあったからまっとうに生きられてる。



    9: 名無しさん 2014/03/07(金)00:55:56 ID:8PV9doKmi

    京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、
    認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。
    事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
    片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
    片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。

    母は05年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
    片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、9月に退職。
    生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
    介護と両立する仕事は見つからず、12月に失業保険の給付がストップ。カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、
    06年1月31日に心中を決意した。

    「最後の親孝行に」
    片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
    「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
    「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
    「すまんな」と謝ると、母は
    「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
    「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
    この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、
    自分も包丁で首を切って自殺を図った。

    冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、
    眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。

    裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。
    殺害時の2人のやりとりや、
    「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。
    目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。



    10: 名無しさん 2014/03/07(金)00:56:42 ID:8PV9doKmi

    僕はご主人様に拾われました。
    毎日、おいしいご飯をくれました。
    外で汚れたら、お風呂で洗ってくれました。
    いつも、いっぱい遊んでくれました。
    たまに、イタズラして怒られました。
    けれども、すぐに頭なでてくれて許してくれました。
    ご主人様が泣いて帰った時、僕が慰めました。
    そしたら、いっぱい僕を抱きしめて、いっぱい泣いてました。
    いつも、ご主人様の布団で寝かせてもらいました。
    いつも、ご主人様の暖かさが伝わってきました。僕の体が痛くなって、ご主人様は夜中に走って病院に連れて行ってくれました。
    病院で先生のお話を聞いて、ご主人様泣いてました。
    家に帰っても、ご主人様は泣いてました。
    だから僕はまた、ご主人様をなぐさめました。
    そしたら、ご主人様は僕を抱きしめて、『ごめんねごめんね』っていっぱい泣いてました。

    数日後…僕は体が動かなくなりました。
    ご主人様は僕を抱きしめて、また泣いてました。いつもより、いっぱい僕の名前をよんでくれました。
    ご主人様、なんで泣いてるの?また僕が慰めました。

    僕は…少し眠くなりました…
    ご主人様がもっと強く抱きしめてくれました。
    ご主人様、なんで泣いてるの?また僕が慰めました。
    僕は…少し眠くなりました…
    ご主人様がもっと強く抱きしめてくれました。
    ご主人様の暖かさがいっぱい伝わりました。
    ご主人様…僕が起きたら、またいっぱい遊んでください。
    僕はすごく幸せです。おやすみなさい。
    僕は…眠りにつきました…



    11: 名無しさん 2014/03/07(金)00:56:53 ID:yS9SmRGzB

    俺んち母子家庭で貧乏だったから、ファミコン買えなかったよ。。。
    すっげーうらやましかったな、持ってる奴が。俺が小6のときにクラスの給食費が無くなった時なんて、
    「ファミコン持ってない奴が怪しい」なんて、真っ先に疑われたっけ。
    貧乏の家になんか生まれてこなきゃよかった!って悪態ついたときの
    母の悲しそうな目、今でも忘れないなぁ、、。
    どーしても欲しくって、中学の時に新聞配達して金貯めた。
    これでようやく遊べると思ったんだけど、ニチイのゲーム売り場の
    前まで来て買うのやめた。そのかわりに小3の妹にアシックスの
    ジャージを買ってやった。いままで俺のお下がりを折って着ていたから。
    母にはハンドクリーム買ってやった。いっつも手が荒れてたから。
    去年俺は結婚したんだけど、
    結婚式前日に母に大事そうに錆びた ハンドクリームの缶を見せられた。
    泣いたね、、。
    初めて言ったよ「生んでくれてありがとう」って。



    12: 名無しさん 2014/03/07(金)00:57:34 ID:8PV9doKmi

    米国の4歳の女の子が愛犬の死を受けて、神様に手紙を送ったと
    いう話が米ニュースサイトの ニュースバインで紹介された。
    このエピソードは、女の子の母親から送られてきたメールを見た記者が
    「伝えずにはいられない」と思い、紹介したもの。
    それによると、この母親の家ではアビーという14歳になるメス犬を
    飼っていたが、先月、病気で亡くなってしまったそうだ。
    ずっと一緒に生活を送っていた4歳の娘メレディスちゃんは涙を流し、
    「どんなに寂しいか」を母親に訴えていたという。

    そして、アビーへの愛情を忘れられないメレディスちゃんは、母親にこんなことを言った。
    「神様に手紙を書いたら、アビーが天国に着いたとき、
    神様はちゃんと『アビーだ』ってわかってくれるかな」。
    母親はメレディスちゃんが話す言葉を書き留め、手紙をしたためた。

    その中身は「神様、アビーがいなくなり、とても寂しいです。
    どうか天国でアビーと遊んであげてください。 アビーはボール遊びと
    泳ぐのが好きです。神様がアビーを見つけたとき、すぐに私の犬だと
    分かるように、 写真を送ります」という内容。
    幼いメレディスちゃんの精一杯の愛情が込められた手紙だ。

    手紙と写真を入れた封筒には「天国の神様」とあて名が書かれ、
    ポストに投函された。
    手紙が届いたか心配する娘に、母親は「きっと届いたよ」と励ましていたそう。

    すると10月27日、家の玄関前に金の紙で包まれた「メレディスへ」という小包が置かれていた。
    中には「ペットが死んだ時」という本。
    そして、そこには“神様からの手紙”が添えられていた。

    「親愛なるメレディス。アビーは天国につきました。写真が
    入っていたので、すぐにアビーと分かりましたよ。 もうアビーは
    病気ではありません。アビーはあなたと居るのが好きでした。
    天国では体を必要としないので、 写真を入れておくポケットがありません。
    だから、あなたがアビーを思い出せるように、この本と一緒に写真を
    返します。 素晴らしい手紙をありがとう。それから、手紙を書くのを
    手伝ってくれたお母さんにお礼を言ってください」

    ニュースバインの記事の最後は「誰が答えたかは分かっていません。
    でも、米国郵便公社の配達できない手紙を扱う部署には、美しい魂があります」と結ばれている。



    13: 名無しさん 2014/03/07(金)00:58:55 ID:8PV9doKmi

    「沖縄に行かない?」
    いきなり母が電話で聞いてきた。
    当時、大学三年生で就活で大変な頃だった。
    「忙しいから駄目」と言ったのだが母はなかなか諦めない。
    「どうしても駄目?」「今大事な時期だから。就職決まったらね」
    「そう・・・」母は残念そうに電話を切った。
    急になんだろうと思ったが気にしないでおいた。

    それから半年後に母が死んだ。癌だった。
    医者からは余命半年と言われてたらしい。
    医者や親戚には息子が今大事な時期で、心配するから連絡しないでくれと念を押していたらしい。
    父母俺と三人家族で中学の頃、父が交通事故で死に、パートをして大学まで行かせてくれた母。
    沖縄に行きたいというのは今まで俺のためだけに生きてきた母の最初で最後のワガママだった。

    叔母から母が病院で最後まで持っていた小学生の頃の自分の絵日記を渡された。
    パラパラとめくると写真が挟んであるページがあった。
    絵日記には
    「今日は沖縄に遊びにきた。海がきれいで雲がきれいですごく楽しい。
    ずっと遊んでいたら旅館に帰ってから全身がやけてむちゃくちゃ痛かった。」
    ・・・というような事が書いてあった。すっかり忘れていた記憶を思い出す事が出来た。

    自分は大きくなったらお金を貯めて父母を沖縄に連れていってあげる。
    というようなことをこの旅行の後、言ったと思う。
    母はそれをずっと覚えていたのだ。
    そして挟んである写真には自分を真ん中に砂浜での三人が楽しそうに映っていた。

    自分は母が電話をしてきた時、どうして母の唯一のワガママを聞いてやれなかったのか。
    もう恩返しする事が出来ない・・・
    涙がぶわっと溢れてきて止められなかった。



    14: 名無しさん 2014/03/07(金)00:58:58 ID:yS9SmRGzB

    何年か前、一人暮らしをしてた時、部屋に小包が届いた。一緒に入っていた手紙に

    『○○様 お元気ですか、○○が家を出て半年がたちました。家の中は火が消えたようです
    じちゃんも、○○の事をしんぱいしています
    早くりつぱな看ご婦さんになって帰って来て下さい。

    ばちゃんも元気だから、しんぱいいりません。

    ○○が元気でりつぱになるやうにばちゃんは毎日仏だんにおがんでいます。

    気をつけて、また今度かえって来て元気な顔を見せて下さい。


    ばちゃん より』


    手紙には、折り目が付いた1万円が同封されていた、農家の嫁の少ない年金で、生活も楽じゃ無いのに…


    読みながら、届いた漬物をかじったら…

    急に帰りたくなって、婆ちゃんに甘えたくなって、わんわん泣いた。

    死ぬ気で勉強して働いて、看護婦になって地元に帰った。

    今もその手紙と一万円は大切に残している。



    15: 名無しさん 2014/03/07(金)00:59:36 ID:yS9SmRGzB

    この間の友人(新郎の方)の結婚披露宴。
    タイムスケジュールも最後の方、新婦の父親のスピーチ。

    「明子。明子が生まれてすぐ、お前のお母さんは病気で亡くなりました。
     お前は母の顔は写真でしか知りません。母親の声も知りません。
     母の愛情も知りません。片親でつらい思いもしただろう。
     それでも父の私に文句一ついう事も無く、明るくて素直で思いやりのある子に育ってくれた。
     本当に手がかからない子だったし、よく家事もやってくれた。
     相手にも恵まれて、幸せになってくれてお母さんも喜んでくれてると思う。
     
     最後にお前に謝ることがある。

     明子に25年間隠していたものがある。
     いつか嫁に行くときに見せてあげようと思ってずっと取っておいた物だ。」

    ・・・そして古ぼけたブリキみたいな箱からとりだした1本のビデオテープ。
    会場のセットで再生・・会場ザワザワ・・・

    そこにはベットの上で笑顔で赤ちゃんを手にする母親の姿。
    そう25年前の新婦と母親。

    母親の笑顔のなんと神々しい事。まさに聖母の如く・・

    はじめて見る母親の姿に新婦どころか全員が嗚咽だったよ。
    とくに新婦はもう見ていられなかった。

    そしてしてやったりの新婦の父。あの人だけは泣く事もなく、 淡々としてたんだよなあ。
    そこがまた泣けるんだけど。



    17: 名無しさん 2014/03/07(金)01:19:54 ID:xAEuzJLgm

    知らないのもあるな


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    18: 名無しさん 2014/03/07(金)01:49:09 ID:8PV9doKmi


    私は母の顔がすごく嫌いでした。
    なぜなら大きなやけどの跡があるからです。

    よそのお母さんはあんなに綺麗なのに何で私のお母さんは・・・
    とか、何でこの人が母親なんだろう
    とさえ思ったことがありました。

    そんなある日のこと。
    その日の四時間目のこと私はあることに気づきました。
    夕べ徹夜で仕上げた家庭科の課題が手元に無いのです。
    どうやら家に置いてきてしまったようです。
    あたふたして勉強も手につきません。
    家庭科の授業は五時間目。

    私は昼休みに自宅まで取りに帰る事を決心しました。
    四時間目も終わり帰る準備をしていたところ、クラスメートが
    「めぐみ?、めぐみ?、お母さん来てるよ」  と言いました。

    私は、はっとしました。
    急いで廊下に出てみると何と母が忘れた課題を学校まで届けに来ていたのです。
    「なんで学校にきてるのよ!取りに帰ろうと思ってたのに!」
    と息を立てて問い詰めると、
    「でも、めぐみちゃん夕べ頑張ってやってたから・・・」 といいました。
    私は、「おばけみたいな顔して学校来ないでよ、バカ!」と言って
    母から課題をひったくるように取り上げるとすたすたと教室に入って行きました。
    自分の母親があんな顔をしていることを友人達に知られてしまったことで私は顔から火が出る想いでした。



    19: 名無しさん 2014/03/07(金)01:49:48 ID:8PV9doKmi

    その日の夕飯後のこと私は父親に呼ばれました。
    昼間のことで怒られるのだろうな・・・と思いました。
    すると父親は予想に反してこんな話をはじめました。

    「お前がまだ生まれて数ヶ月の頃隣の家で火事があってな。
     その火が燃え広がってうちの家まで火事になったことがあったんだよ。
     そのときに二階で寝ていたお前を助けようと母さんが煙に巻かれながらも
     火の中に飛び込んでいったときに顔に火傷を負ってしまったんだよ。
     今お前の顔が綺麗なのは母さんが火の中に飛び込んでいってお前を助けたからだよ。」

    私はそんなことは、はじめて聞きました。

    そういえば今まで火傷の理由を母から聞いてもあやふやな答えしか返ってきたことはありませんでした。
    「なんで今まで黙ってたの?」
    私は涙ながらに母親に聞くと、
    「めぐみちゃんが気にすると思ってずっと黙ってようと思ってたんだけど・・・」 といいました。

    私は母への感謝の気持ちと今まで自分が母親に取ってきた態度への念とで胸が張り裂けそうになり
    「お母さん?」
    と言って母の膝の上でずっと泣いていました。

    今では自分の母の顔のことが誇りにさえ思えるようになりました。
    家族を、私を守ってくれた母のこの顔の傷のことを・・・。



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    20: 名無しさん 2014/03/07(金)01:51:29 ID:8PV9doKmi


    今日正社員の面接行ったのね。もうこれで11社目。

    今まで全部駄目だった。

    それで、その日は車で母も用事があったし、近くだったんで、
    母さんが運転するよ、と付き添ってくれた。

    駐車場の社内に母を待たて面接してもらった。

    出てきたのは社長と人事課長。社長が絵に書いたような悪人顔でさ。



    たばこふかしながら履歴書見て
    「何この転職回数?あんたもう36だろ?」

    「働いた経験が長いったって、こんなの職歴なしも同然だろう?」

    「精神の病気だかなんだかしらんが、うちでそんなの雇うわけない、
    辞められたら無駄だし、もう帰ってくれ。用はないだろ。終わり終わり」



    車に戻ると母は面接には触れず、「また寒くなるんだって、今ラジオで行ってた」
    「ごはん食べて帰ろうか」って。

    無言のままうどん屋に入って、カツ丼を食べた。

    そしたら母親が「受かるといいねー」って言うからさ、俺答えに困っちゃってさ。

    で、いろんな言い訳考えた末に正直に「いや、駄目だったんだ、今日も」といった。

    母親、「また次も送っていくよ、カツ丼、あんまりおいしくなかったね」だってさ。



    今頃になって泣けてきたよ。情けねーなー。就職してーなー。

    今まで何やってたんだろう。

    母さん、就職できたらおごってくれたお礼に、今度は何かおごるよ。

    うまくないカツ丼じゃないところに行こう。

    この歳になって言うのもなんだけど、 母さんごめんなさい。



    21: 名無しさん 2014/03/07(金)01:53:05 ID:8PV9doKmi


    ヽJ(`Д´)しノ
    そんな悪い子はウチの子やないっ!出て行きなさいっ!

    (ノД`)
    アーンアーン、出て行ってやる?

    ヽJ(`Д´)しノ
    待ち!その服はオカーサンが買うてやったんや!置いてき!

    (ノД`)
    アーンアーン(服脱いで出て行こうとする)

    ヽJ(`Д´)しノ
    待ち!そのパンツもオカーサンが買うてやったんや!置いてき!

    (ノД`)アーンアーン(パンツも脱いで出て行こうとする)

    ・゚・J(ノД`)し・゚・。
    待ち!アンタはオカーサンがこしらえたんや!置いてき!(ギュー)

    ・゚・(ノД`)・゚・。
    カーチャン、アーンアーン(ギュー)



    22: 名無しさん 2014/03/07(金)01:55:16 ID:8PV9doKmi


    時代設定は昭和30年代から40年代くらい。
    まだテレビが高級品で裕福な家にだけ普及し始めたころ。

    タケシはテレビを観るために、友達のトオルの家に毎日のように遊びに行っていた。

    そこでトオルは「俺がおまえの上に馬乗りになる、そしたらテレビを見せてやる」
    とタケシに命令した。

    タケシはテレビを見るために仕方なく馬乗りをされながらテレビを見ていた。
    どうしても見たい番組があったから仕方なかった。

    タケシは父に「とうちゃんテレビを買ってくれよお」としつこく頼むのだが
    彼の父は「だめだ、だめだ」と許してくれない。



    ある日、タケシが自宅に帰ると信じられないことが。
    テレビが家にあるのだ。母がニコニコしながら出迎えた

    「よかったねえタケシ。とうちゃんに良く礼を言うんだよ」

    「ありがとう、とうちゃん」

    父はいつもどおり不機嫌な顔で酒を飲みながら「ああ」と、ぶっきらぼうにうなずいた。

    その夜、タケシは興奮して眠れなかった。そして考えた。

    「あれほどケチで頑固なとうちゃんがテレビを買ってきたのはどういう
    風のふきまわしだろう?とうちゃんもホントはテレビが欲しかったのかな?」




    23: 名無しさん 2014/03/07(金)01:58:32 ID:8PV9doKmi

    次の日、タケシはシンジを家に誘った。

    「おまえんちはテレビなかっただろ。俺の家には昨日からあるんだ。観にこいよ」

    シンジと共に帰宅したタケシはシンジに命令した。

    「テレビを観るあいだは、俺の馬になれ」

    シンジの上に乗りながらテレビを観るタケシ。

    突然、タケシの父がやってきて、タケシを殴った。
    父は真っ赤な顔をして立っていた。

    「なんで殴るんだよ。俺だってトオルの家でテレビを観るときは馬になってたんだよ」

    父は何も言わず出てった。

    母がポロポロ泣きながらタケシに言った。

    「とうちゃんは仕事の帰り、おまえがトオルくんの家で馬になってるのを見たんだ。
    それでテレビを買ってきたんだよう。」



    24: 名無しさん 2014/03/07(金)01:59:43 ID:8PV9doKmi


    「乳母捨て山」の話聞いたことありますか?

    年老いた親を、子どもが背負って山に捨てるというやつです。

    大昔、貧しさから本当にその風習があったそうです。

    そしてこんなことがありました。

    背負われている間、親は山の木の枝を折って落としましました。

    やせこけた腕を一生懸命のばして、一本一本、折り続けました。

    山奥に着き、自分を捨てて去っていく我が子に、親は言いました。



    「目印に木の枝を折ったから迷わずに下るんだよ」



    25: 名無しさん 2014/03/07(金)02:44:29 ID:mFdp48dI8

    ここまで読んで泣いたやつ正直に手あげろ。


    26: 名無しさん 2014/03/07(金)10:59:34 ID:JagPygAvc

    >>25
    はい




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引用元: コピペで泣くやつwwwwwwww


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